愛は人を生かす

2026年07月26日

招詞 詩篇51:10~12 主の祈り

賛美 主はすばらしい 主は御座におられる 我らの主 すべてが生きる 

聖書箇所 ルカ14:1~6  説教者 李ジュア 牧師

 ある安息日のこと、食事をするためにあるパリサイ派のかしらの家に入って行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた。するとそこに、水腫を患っている人が御前にいた。イエスは律法学者やパリサイ人たちに向かって言われた、「安息日に人をいやすのは正しいことかどうか。」彼らは黙っていた。そこで、イエスはその人に手を置いていやしてやり、そしてお帰しになった。それから彼らに言われた、「あなたがたのうちで自分の息子か牛が井戸に落ち込んだなら、安息日だからといってすぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」彼らは返す言葉がなかった。(ルカ14:1~6)

概 要  

 ◇ イエス様は安息日に、水腫を患っていた一人の人を癒されました。パリサイ人たちは律法や規則ばかりを見ていましたが、イエス様は苦しむ人をご覧になりました。人々は病気を見ましたが、イエス様はその人の涙と痛みに目を留められたのです。

 ◇ イエス様の愛は形式よりも命を大切にします。教会もまた礼拝を捧げる場所であるばかりでなく、み言葉を教え、福音を宣べ伝え、傷ついた人々が癒され回復する場所です。

 ◇ しかし、人を根本から変えることができるのは、人間の力ではなく聖霊の働きです。聖霊は、かたくなな心を柔らかくし、怒りを愛に、不安を平安へと変えてくださいます。エジプトのコブト教会は、7世紀以来、迫害と貧しさの中でも信仰を守り続けてきました。信徒たちは、涙を流しながら教会の床を拭きますが、その顔には深い喜びがあります。それは環境による喜びではなく、「イエス様だけで十分」という信仰から与えられる喜びです。使徒パウロも牢獄の中で賛美し、聖霊の働きによって鎖が外されました。聖霊がおられるところには自由と回復、そして喜びがあります。

 ◇ イエス様は「教えること」、「福音を宣別絶えること」、「病人を癒すこと」を使命とされ、その働きを弟子たち、そして今日の教会に託されました。今は聖霊の時代です。聖霊に満たされた教会は、人を裁くのではなく生かし、傷を癒し希望を与える教会となります。私たちも聖霊を求め、「主よ、私を新しくし、私たちの教会を聖霊で満たしてください」と祈りましょう。主は、今も私たちを癒し、回復し、新しい命へと導いてくださいます。



  





Share