神に召された聖徒にふさわしく

2026年03月22日


(招詞) ローマ12:1~3 主の祈り

(賛美) うるわしき王なるイエス 主だけ見上げよ 主の栄光 聖歌553

(説教) 神に召された聖徒にふさわしく (下道 定身 牧師)

(聖書箇所)エペソ5:1~21


(みことば)

 不品行といろいろな汚れや貪欲などを聖徒にふさわしく、あなたがたの間では口にすることさえしてはならない。(エペソ5:3)

 パウロはエペソ教会のクリスチャンに対して、「あなたがたは、かつてはキリストを知らず、神とその祝福から遠く離れ、生きる希望を見失い、肉欲に支配されて罪の中に死んでいた者、生まれながらの怒りの子であった」(エペソ2:1~12)と語ります。それは私たちのかつての姿です。

 そんな私たちがキリストの十字架の福音を通して、ただ神の恵みにより、ただ信仰によって救われて神の子とされ、聖徒とされ、光の子とされました(エペソ5:1~2)。新しい命のぶどう酒に新しい革袋が必要であるように、すべてのクリスチャンへの新しい生き方が命じられています。

 まず、神に愛されている神の子どもとして生きよ(エペソ5:1~2)。神にならう者として、キリストの愛のうちを歩きなさいとの命令です。これは本来のあるべき人間の原点です。

 次に聖徒にふさわしく生きよ(エペソ5:3~7)。不品行、汚れ、どん欲の偶像礼拝に対する徹底した聖別と、口、言葉、交わりに関する日常生活における具体的な注意と聖別された生き方です(ローマ12:1~2)。

 さらに光の子として生きよ(エペソ5:8~14)。主が喜ばれない闇のわざとの決別、闇を照らす世の光としての使命(エペソ5:11~14)に生きることです。

 そして、賢い者のように生きよ(エペソ5:15~21)。今の時を生かして用いること、酒ではなく御霊に満たされることです。ここがカギです。

御霊に満たされた教会(クリスチャン)は、詩と賛美の歌でうたう教会でした。また、いつも喜び、絶えず祈り、すべてのことを神に感謝する教会でした。そして、キリストへの畏れと互いへの敬意をもって仕え合う教会でした。そのような教会(私)を目指しましょう。



   

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