神の恵みによる私の務め

2026年02月15日


(招詞) 1コリント1:26~29 主の祈り

(賛美) われらの主に向かって 来たれイエスを 主は道を造られる 主の手足になろう 

(説教) 神の恵みによる私の務め(下道 定身 牧師)

(聖書箇所)エペソ3:1~13


(聖書)

 わたしがあなたがたのために神から賜った恵みの務めについて、あなたがたはたしかに聞いたであろう。(エペソ3:1~13)

 自分の罪過と罪によって死んでいた私たちが救われたのは、決して偶然ではなく、人間の努力や善行でもなく、ただ神の恵みによりキリスト信仰によってでした。実は、その信仰すらも神の恵みによるものでした。私たちはなぜ救われたのでしょうか。神が私たちを救われた目的は?

 個人的な救いがクリスチャンのゴールではありません。パウロが「神の恵みによる私の務め」(エペソ3:2)と告白するように、すべてのクリスチャンもまた主の教会における、「神の恵みによる私の務め」があります。それは、キリストのからだとしての教会(1:23)、神の家族としての教会(2:19)、神の宮(建物)としての教会(2:22)における「神から賜った恵みの務め」が与えられています。その務めは神からの恵みです。

 「務め」はギリシャ語の「オイコノミヤ」は英語の「エコノミー」と深く関わり、その語源は「家」、ギリシャ語の「オイコスです。聖書に登場する「善かつ忠実な僕、賢い管理人」を指す同じ単語です。

 キリストは、私たちそれぞれに何の務め、何の管理を任せられたのでしょうか。

第1に時間の管理、優先順位が逆転または先延ばししてはいないだろうか。

第2に経済の管理、財は主からの預かり物、エコ(節約)とその目的、ナルドの香油を主に注いだマリヤと弟子たちの反応。

第3に賜物の管理、自分の興味、関心、好きなこと、若さ、様々な人生経験、長所と短所(1ペテロ4:10、1コリント12:14~24)。

第4に福音の奥義の管理、個人的信仰の管理と福音宣教の務め。

 パウロは、最も小さい者である私にこの福音のしもべとしての恵みが与えられた(3:8)と告白しています。

第1に神の教会に仕える務めとは、人生最高の比類なき重要かつ光栄ある務めです。

第2に重い栄えある務めに神は最もふさわしくないと思える人を選ばれ、立てられること。

第3にこの務めには多くの困難と戦いが伴うこと。

しかし、主ご自身が先立ちとなり、勝利してくださる主の恵みによる私の務めです。


   

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