実に恵みにより信仰によって
2026年02月01日
(招詞) 1ペテロ5:5~7、10 使徒信条
(賛美) 喜びの声を上げよ 主イエスの十字架の血で 聞こえてくる 聖歌426
(説教) 実に恵みにより信仰によって(下道 定身 牧師)
(聖書箇所)エペソ2:1~10
(聖書)
あなたがたが救われたのは、実に。恵みにより。信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それはだれも誇ることがないためでる。(エペソ2:8~9)
神が御子イエスキリストの十字架という代価(犠牲)を通して、私たちにもたらしてくださった救いの恵みの深さ、大きさ、すばらしさを私たちはどれほど理解し、自覚し、感謝しているだろうか。あなたはどこから救われたのか、もしも救われてなかったとしたらを考えてみよう(イザヤ51:1)。
エペソ教会には異邦人のクリスチャンとユダヤ人のクリスチャンがいました。パウロは、異邦人であろうとユダヤ人であろうとすべての人はキリストの救いを必要としていること、そして誰であっても神の恵みとキリストへの信仰によって救われることができることを熱く伝えています。異邦人であるあなたがたが救われる前は、自分の罪過と罪によって死んでいた者であり、悪意の奴隷であっったのでした(エペソ2:1~2)。
またユダヤ人もまた救われる前は異邦人と変わらず、肉の欲望のままに生き、神を無視した罪の中で、生まれながらの怒りの子であったというのです(エペソ2:3)。
しかし、愛と哀れみに満ちた神は、罪過によって死んでいた私たちをキリストと共によみがえらせ、救われる価値などまったくないはずの私たちを恵みによって救い、滅びる定めにあった私たちをキリストと共に生かし、ただ一方的な愛と恵みによる救いを与えてくだったのです(エペソ2:4~7)。
異邦人であろうとユダヤ人であろうと、いかなる罪人であろうとすべての罪人のために、神は救いの道を開いてくださいました。その救いは人間の行いに一切関係なく、ただ神の一方的な恵みによって、また人がなすべきはただキリストを信じる信仰によってのみです(エペソ2:8~9)。
ー祈りー 主よ、私はかつて神から離れ、罪によって死んでいた者でした。そんな私を恵みにより、信仰によって救ってくださったこと、キリストの御体なる主の教会に加えてくださり、神の作品としてお造りくださったことを感謝します。どんな時でも神の恵みに立ち、信仰に堅く立たせてください。
