われここに立つ
2026年01月11日
(招詞) エペソ2:8~10 主の祈り
(賛美) 主イエスをほめよ ほめよイエスを 全地よほめよ 聖歌241
(説教)われここに立つ(聖書のみ、恵みのみ、信仰のみ)(下道 定身 牧師)
(聖書箇所)マタイ7:24~27
(聖書)
それでわたしのこれらの言葉を聞いて行うものを、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができよう。雨が降り、洪水が押し寄せ、風が吹いて、その家に打ちつけても、倒れることはない。岩を土台としているからである。(マタイ7:24~25)
土台は重要です。あなたの人生の、また信仰生活の土台は何でしょうか。あなたは、「我、ここに立つ」と言える明確かつ確固たる基盤をもっているでしょうか。あなたはどこに立っているでしょうか。多くの人は自分の考え、損得、世間からの評価、地位、名誉、組織、金銭、保険などの上に立っています。しかし、それがいかにもろく弱いものであるか思い知らされることがあります。
1521年、M・ルターはヴォルムスの帝国議会に召喚され、自説の過ちを認めるように迫られます。居並ぶ国家権力と教会権力者を前に「聖書の証によって私の過ちを証明されない限りは、断固として私は取り消しません。われ、ここに立つ。神よ、私を助けたまえ、アーメン」と答えます。時代の激流に飲み込まれることなく、また死を覚悟してまでも堅く立ち続けることができた彼の土台は聖書でした。
人生のまた信仰生活における大嵐に、決して崩壊することのない確かな土台とは何でしょうか、その岩はどこにあるのでしょうか。
それは、聖書です。聖書は誤りなき神の言葉(Ⅱテモテ3:16)です。聖書こそが真実の道を指し示す光(詩篇119:105)です。聖書は永遠に変わることのない確かな具体的生活と信仰の実践の書(マタイ7:24)です。
それは、神の恵みです。罪人の救いは、すべて神の一方的な恵みによります。決して私の行いによりません(エペソ2:4)です。神の恵みの岩にしっかりと立つことです。
それは、信仰です。神の言葉、神の恵みを素直にありがたく信じること、受け取ること、信じて従ってみることが信仰です。人間の言葉ではなく神の言葉のみ、人の働きではなく神の恵みのみ、人の常識でなく、神への信仰のみ、これぞここに立つ岩があります。
