光の到来

2025年12月14日


(招詞) イザヤ9:1~2、6 主の祈り

(賛美) 聖歌123 讃美歌106 聖歌125 聖歌128

(説教)「光の贈り物」(下道 定身 牧師)

(聖書箇所) ヨハネ1:1~13


(聖書)

 すべての人を照らすまことの光があって、世に来た。彼は、世にいた。そして世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。彼は自分のところにきたのに、自分の民は彼を受け入れなかった。しかし、彼を受け入れた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。(ヨハネ1:9~12)

 「はじめに神は、天と地を創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は「光あれ」と言われた。すると光があった」(創世記1:1~3)と聖書は始まります。

 最初の人間アダムとエバが神の言葉に背いて罪を犯して以来、人は罪と死の奴隷にになり、霊的な混沌と空しさの闇の支配下に覆われています。しかし、神は闇の世界に光の到来を約束されました。

 そして、今から約2000年前のキリスト誕生を通して暗闇の中に歩んでいた民は、大いなる光を見、暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。ひとりの男の子がわれわれに与えられました(イザヤ9:1~6)。すべての人を照らすまことの光として、キリストは誕生してくださいました。なんという恵み、感謝、福音でしょうか。

 キリストは、クリスマスに誕生された神ではなく、もとから世におられ、世は彼によってできたのに、世は彼を知らずにいました。さらに、彼はご自分のところに、まことの神のことば、まことの命、光をもたらすために来られたのに、ご自分の民は彼を受け入れませんでした。

 せっかくの光も、心の戸を閉ざしたままでは闇のままです。光を受け取ることです。その人は神の子となる資格が与えられ、光の道を歩みます。「わたしは世の光である。わたしに従ってくる者は、闇のうちを歩くことがなく命の光を持つ」(ヨハネ8:12)と主は言われました。「光は闇の中に輝いている。そして闇はこれに勝たなかった。」いかに深い闇も光に勝つことは絶対にできないのです。


  

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