われらの国籍は、天にあり

2023年08月13日

(招詞) ヘブル4:15~16 使徒信条

(賛美)     七日の歩み 平和をば愛したもう(聖歌357) 

     世の終わりのラッパ(聖歌634)まもなく彼方の(聖歌687)                                

(説教) 「われらの国籍は、天にあり」

(聖書)  ピリピ3:17~21

みことば

「しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救い主、主イエス・キリストのこられるのを私たちは待ち望んでいる」(ピリピ3:20)

 1945年8月15日の第2次世界大戦終戦から、今年は78年目の終戦記念日を迎えます。この間、平和を願い、祈り、叫ぶ世界に、真の平和が回復し訪れたでしょうか、否です。核兵器などによる世界の終わり(人類滅亡)の日の到来に警笛を鳴らす世界終末時計は、ついにその日まで100秒を切り、初めての90秒を指しています。

 聖書は火による滅亡、そして主イエスの再臨によってもたらされる終末を預言します(2ペテロ3:6、7)それはすべての人を二分する厳粛な時です。それは永遠を決する罪のさばきの日であり、同時に主を信じる者にとっては、祝福に満ちた望みの日(テトス2:13、1テサロニケ4:13~18)となります。戦争および世界の終末と個人の終末(死)は、一瞬にしてそれまでの大切な家族、知人、土地、持ち物、地位、名誉、健康、命を消し去り、それまでの一切の価値観を一変させます。しかし、クリスチャンには希望があります。

 主イエスの十字架と復活により、すべてのクリスチャンは肉体の誕生と霊的誕生という二つの誕生日を、また地上の国籍と天の国籍という二つの国籍を持っています。この地上の肉体と今見ている世界は、まもなく終わりを告げ過ぎ去りますが、もう一つの命と国籍は永遠に変わることなく続きます。「私たちは見える一時的なものではなく、見えない永遠に続くものに目を注ごう」(2コリント4:16~5:10)とパウロは教えます。目の前の朽ちゆくものに思いを向け、心を支配され、一喜一憂しがちな私たちですが、「わたしたちの本国」(新共同訳)は天国にあり、この地上の歩みは旅人であり、寄留者であることをいつの間にか忘れてはいないだろうか。「わたしたちの国籍は天にあり」を見失ってはいないだろうか。

 「あなたがたは虫が食い、さびがつき、また盗人が押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない。むしろ自分のため、虫を食わず、さびもつかず、また盗人らが押し入って盗み出すこともない天に、宝をたくわえなさい」(マタイ6:19~21)