主の山の備えに感謝せよ

2019年12月29日

賛美

私たちは御前で
ああ驚くべき
アドナイシャマー
かたき信仰の基なる
望みも消えゆくまでに

聖書  創世記22:9~14

説教 「主の山の備えに感謝せよ」

下道 定身 牧師


みことば

それでアブラハムはそのところの名をアドナイ・エレと名付けた。これにより、人々は今日もなお「主の山に備えあり」という(創世記22:14)

緒論 

一年間の信仰生活を振り返り、①主が個人的に私に示された山とは?②主の山への私の応答は?③そこにあった主の備えとは?を思い起こそう。

本論

1.主の山に備えあり

・神の驚くばかりの恵みの体験は、主の山にあり

・主の山に登った者のみが、生ける神ご自身を体験できる

2.主の山に備えありの証人たち

・アブラハム(創22:14) ・ザレパテのやもめ女(王上17:16)他

・母マリヤ(ルカ1:38) ・水を汲んだしもべたち(ヨハネ2:19)他

3.2019年の主の山に備えありを数えよ、感謝せよ

・教会の恵み〜伝道面、礼拝面、祈り面、経済面

・個人的な恵み〜霊的信仰面、肉体的健康面、経済的生活面での戦いと守り、交通事故やその他の災害、諸問題、諸危機からの守りと支え

結論
「主の山に備えあり」の約束は今年で終了ではない。主の山にある主の備えの体験が現在進行形であったとしても、良きことを備えたもう主に感謝しよう。