2023年05月21日

2023年05月21日

(招詞) 1テモテ2:1,4,5 / 主の祈り

(賛美)     主の前にひざまづき 聖なる主の御名を 感謝を捧げることは 

     御霊に歩み 私の願い

(説教) 「神の願い」(高橋正人牧師 神召キリスト教会)

(聖書)  ヨナ書1:1~5、2:7~10

1)神の御心

 ヨナはアッスリヤの町ニネベに行き、神の救いを伝えるように命じられますが、正反対の町へ逃げようとします。神は、そのようなヨナにあわれみを与えて、御言葉に従う歩みに立ち返るように導かれます。主なる神の願いは、すべての人が救われて神を知るようになることだからです(Ⅰテモテ2:4、ヨハネ3:16)。その神の御心を完全に成し遂げられたのは、主イエス・キリストです。

2)苦難の中で神を知る

 ヨナは、大魚の腹の中にあるという苦しみの中で、神に祈り、神を深く知り、「救いは主のもの」であることを知りました。これによって、ヨナは再度ニネベに遣わされます。私たちも試練や苦難に遭うことがあります。しかし、試練の中でなければ知ることのできない主の恵みがあり、試練や苦難によって教えられる神の御心があることを覚えましょう(ヘブル12:5~6、詩篇119:71)。

3)神の心を自分の心とする

 ヨナ書は「わたしはこの大きな都ニネベを惜しまないでいられるだろうか」(ヨナ4:11)という御言葉で終わります。ヨナ自身が、この主の言葉によって神の御心を知り、深く心を揺り動かされたことは確かです。この神の語りかけは、私たちに対するものでもあります。私たちはキリストの救いをいただいた者として、人の救いを願ってやまない神の御心を自分の心に刻み、聖霊によって主と心を一つにして、主と共に歩み、主のわざに励む者とさせていただきましょう(2テモテ4:2)。