アブラハムの死とイサクの子たちの誕生

2020年10月04日

賛美

さあ、主の前に行き
主は道を日々造られる
罪ふかきこの身を
キリストにはかえられません

聖書 創世記24:1~10、50~67

説教 「アブラハムの死とイサクの子たちの誕生

下道 定身 牧師



みことば

アブラハムの生きながらえた年は175年である。アブラハムは平安な老年を迎え、長寿を全うして息絶えて死に、自分の民に加えられた」。(創世記25:7、8)


緒論

信仰の父アブラハムの生涯は、決して順風満帆の歩みではなく波乱万丈の人生であった。しかし主はすべてに彼を恵まれ、平安な老年を迎えさせ天の故郷に召された。しかも、彼の死は終わりではなく、次世代に継承され、全世界の救いと祝福の基となったのだ。

本論

1.信仰の父アブラハムの晩年と死(創世記25:1~11)

平安な老年を迎え長寿を全うし、満ち足りて死に先祖の列に加えられた。

アブラハムが死んだ後、神はその子イサクを祝福された、信仰の遺産を。

この地上での生涯と死後においてさえも主の恵みはとこしえまで、なんという救い。

2.約束の子イサクの息子たち(エソウとヤコブ)の誕生(創世記25:19~26)

平安な老年を迎え長寿を全うし、満ち足りて死に先祖の列に加えられた

アブラハムの生涯は死で終わらずに、イサクとその子の世代に引き継がれた。

人は誰でも偶然ではなく、愛され、神の計画と目的をもって生まれ、生かされている。

3.兄エソウと弟ヤコブの取引と選択(創世記25:27~34)

一杯の煮物のために神の祝福を失ったエソウの愚かな選択。

熱心に神の祝福を求めた弟ヤコブの賢き選択。

私たちはこんなに尊い救いをなおざりにしていないだろうか。

結論

神の御子イエスキリストの十字架の犠牲を通してもたされた全世界の救いと祝福は、アブラハム契約の成就であった。この福音のすばらしさと価値を私たちはどれほど自覚しているだろうか。エソウの愚かな選択からの教訓に学ぼう。