光のあるうちに

2022年02月13日

賛美

救いの岩、主に向かって

暗闇に光

愛の光、輝き

誰も働くことのできない夜が

聖書 ヨハネ12:34~43

説教 「ひかりのあるうちに」

下道 定身 牧師



みことば

「もうしばらくの間、光はあなたがたと一緒にここにある。光がある間に歩いて、闇に追いつかれないようにしなさい。闇の中を歩く者は、自分がどこに行くのか分かっていない。光のある間に光の子となるために、光を信じなさい。」(ヨハネ12:35、36)


たった一度の機会(チャンス)を捕らえられた人と、何度もあった機会を軽視し永遠に失ってしまった人がいます。取り戻すことのできるチャンスと二度と永遠に取り戻せない時が必ず到来します。機会が明日も続く保証はどこにもありません。先延ばしは取り返しのつかない深刻な結果を招きます。


群衆の「あなたが救い主ならなぜ死を?あなたは誰ですか?」との問いに対して、主は「わたしは世の光である。光のある間に、光の子となるために光を信じなさい。闇が迫っているから。」と答えられ、救いのための信仰決断を迫られました。「見よ、今は恵みの時、今は救いの日である」(Ⅱコリント6:2)。今が主を信じる時、今が最も確実なその時です。


マリヤは主の葬りの日のための機会を逃さず、高価で純粋なナルドの香油を惜しげもなく主に注ぎ出しました(ヨハネ12:3~11)。一方、群衆は聖書の知識も多くのしるしを見、十分な機会がありながら、神の誉れよりも人の誉れを選び、主への告白の機会を先延ばしして失いました(ヨハネ12:34、37、43)。

主はまた、「わたしたちはわたしを遣わされた方のわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると誰も働けなくなる」(ヨハネ9:4)とも教えられました。今のこの時は、主を信じること共に、神と人のために働く機会です。「今の時を生かして用いなさい」(エペソ5:16)。勝手に自分の使命は終わったと決めつけてはなりません。主が上げてくださるその時までは。それぞれがご聖霊の召しと賜物に応じて、今できうることを励みましょう。

だから聖霊が言っているように「今日、あなたがたが御声を聞いたなら、荒野における試練の日に、神にそむいた時のように、あなたがたの心をかたくなにしてはいけない」(へブル3:7、8)。さあ、光のあるうちに。