罪がもたらす悲劇

2022年10月09日

(招詞) ローマ6:21~23 / 主の祈り

(賛美) 主の宮 主は御座におられる 真実縄が主よ

            あなたの罪、過ちは(聖歌417)

(説教) 「罪がもたらす悲劇」

(聖書) 2サムエル13:23~39


(みことば)

「ダビデは日々、その子のために悲しんだ。アブサロムは逃れてゲシュルに行き、三年の間そこにいた。」(2サムエル13:37~38)


 ダビデの長子安穏は、異母妹のタマルに恋し。欲情を抑えられず、友人ヨナタブの入れ知恵もあり、無理やり彼女を犯した。挙句の果て、彼はタマルを非常に深く憎み、自分のもとから追い出しました。とんでもなくこのみにくい罪の記事から、私たちが学ぶべきは何でしょうか。あの父ダビデの影響と友人の責任は。自らの肉の欲望を選んだ彼の罪の責任は。その結果、自分一人に止まらず、多くの愛する人々を取り返しのつかない悲惨(関係破壊、不安と苦しみと不幸、そして死)な人生に。アムノンは特別な悪人でしょうか。これは他人事でしょうか。

 2年の歳月が流れました。あのいまわしい過去は終わったのでしょうか。罪に時効はありません。自分が忘れかけた時に、その時は到来します。タマルの兄アブサロムは、じっとアムノン殺害の時を待ち、ついに決行します。アムノンは殺害され、その知らせがダビデに届き、彼は非常に激しく泣きます。また、殺害者アブサロムも逃亡生活を続け、父ダビデの心は毎日、アムノンを悼み、アブサロムを案じ、自らの罪の重さに今さらのごとく、罪がもたらす悲惨さに震えおののいています。他人事ではありません。

 13章はダビデ家の醜聞が事こまかに記されています。それは人の罪がもたらす悲惨を救え、父ダビデの姦淫と殺人の罪の深刻な影響について教えます。同時に13章には神の名が一つも出ていません。神よりも肉の欲望、友だちの声、復讐の思いが、ここが最大の問題です。

 罪の問題は昔も今も変わることなく、私たちの人生を狂わせる最大の問題です。罪の問題は、自分の力で勝利することもできません。そのために、主イエスキリストが十字架を通して罪の問題に勝利と解決をくださいました。ここに唯一の救い、希望があります。