主が命じられたとおりに

2022年03月13日

賛美

惑いの雲消えて(聖歌454)

傷ついた心に慰めが

愛と平和で

救い主イエスの愛に

聖書 レビ記8:22~36

説教 「主が命じられたように」

下道 定身 牧師



みことば

「アロンとその子たちは主がモーセによってお命じになったことをことごとく行った」。(レビ8:36)

モーセは、主が命じられたとおりにイスラエルの全会衆を会見の幕屋に集め、主が命じられたことを告げ、主が命じられたようにアロンとその子たちに行いました(レビ8:1~9)。また彼は、注ぎ油をもって幕屋とそのうちのすべての物、そしてアロンを聖別しました。すべて主が彼に命じられたとおりに(レビ8:10~13)。モーセはまた、罪祭の雄牛および燔祭の雄羊を主にささげ、それらの解体と供え方も細部にわたってすべて主が彼に命じられたとおりに行いました(レビ8:14~21)


モーセは、さらにアロンとその子たちの任職式を主が命じられた場所で、示されたとおりの期間と方法で行った。アロンとその子たちもまた、主がモーセによって命じられたことごとくを行った(レビ8:22~36)。

レビ記には、儀式に関する命令はこと細かに記されていますが、その理由は明確に記されていません。しかし「命じられたとおりにした」のことばが何度も繰り返されています。それは「信仰とは自分としてはわからないこと、納得できないことがあったとしても、神のみことばを信じて命じられたとおりにすること」を教えられます。

ノアも然りでした。その結果、大洪水の滅びから救われ、新しい人類の歴史が始まりました。(創世記6:22)アブラハムもまた然りでした。その結果、信仰の父となり、イスラエルの誕生と全世界の祝福の歴史が始まりました。(創世記12:4、15:6)今日においてもこの原則は不変です。

「わたしのしていることは今あなたにはわからないが、後でわかるようになるであろう」。(ヨハネ13:7)時として愚かと思えるその信仰に堅く立ち、愚直に徹したいものです。